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本当は施設を考えるべきなのか。

施設なら父も母も幸せなのでしょうか。
妹が言うように父は手厚い介護をしてもらい、
安心と満足を得られ、
母は父に束縛されない自由な時間ができて、
溌剌とした日々を過ごせるようになるのでしょうか。

父と母がそんな風に過ごしてくれたらどんなに嬉しいでしょう。

父に関しては、
身体に関しては安心なのでしょうが、
心はどうなのでしょうか?
人は身体だけで生きているわけではなく、
心があり、他者とのとコミュニケーションがなければ
生きる希望はなくなってしまうと思うのです。

他人と関わるのを極端に嫌がる自尊心の強い父は、
知らない人たちとの共同生活や団体生活に
馴染めるとは到底思えないのです。

聞くところによると、
施設でも、男性はなかなか他者と交流できず、
部屋に閉じこもりがちになり、
結局は、安心できる家族の訪問を待ちわびて過ごす人も多いとか。

いっぽう、母はどうでしょう。
宅急便の配達員の方から荷物を受け取るだけで、
気を使うあまり疲れてしまうと言います。
父を施設に入れて、一人暮らしができたとしても
気遣いに疲れるからという理由で人と交流を持てず、
誰に頼るわけでもなく、
いろんな意味で我慢してしまうと思います。

父も母も物忘れは多くなる一方ですが、
幸いまだひどい認知症ではありません。

なのにふたりを孤立させてしまえば、
その孤独の先に認知症が待っている気がするのです。

そして結局は父や母をとてつもなく孤独にしてしまう
のではないかと恐れます。
高齢者にとって、気を使わぬ話し相手がいることが
日々をやり過ごすためにもどうしても必要だと私は思うのです。

今はふたりともまだ気を張っているせいか
多少はしっかりしていても、
別々に暮らしはじめたら、
どちらも愚痴を聞いてくれる話し相手を求め、
小さな頼み事を繰り返し、
とどのつまりは、その精神的支えを
私に頼ってしまうのではと思うと、
不安は募るばかりです。

私は父も母も大切だと思っています。
だから、ふたりを疎ましく思ったり、
憎んだり、恨んだりしたくはありません。

それこそ私にとっての地獄です。

どーんと構えて、いっそのこと両親と一緒に暮らした方が
私にとってもいいのかもしれないとも思います。
でも、それは机上の空論であって、
やってみたら一週間でお手上げになるのかもしれません。

勝手な考えかもしれませんが、
私の本心としては、
父が骨折する前の、それまで続けてきたふたりの暮らしに、
一度は、戻ってほしいと思うのです。
そこでやれるだけやって、
それでダメなら、もちろん次の手を考えるしかありませんが。

少なくとも父が我が家へ帰る夢を抱いている限り、
それを諦めたくはありません。

それが父のため、母のため、私自身のためでもある気が
今はするのです。

また同じところを堂々巡りしています。
いつまでこの優柔不断は続くのでしょうか。
潔の悪い自分が嫌になります。


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