70年連れ添った、父と母の分かれ道なのかな?

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今日は相棒が、彼の学友のHさんと一緒に父の病院へ。
Hさんは偶然この地域でケアマネの仕事をしているそうです。
そんな知り合いが相棒にいたなんて…。

あまりの偶然に驚くばかりですが、
今回Hさんは、友人として父を見舞ってくださり、
アドバイスしてくれるということでした。
ありがたいです。

結果、相棒曰く、
お父さんは相当警戒している。
施設に入れられてしまうかもしれないとね。
もしかしたら、世界中の人を全員敵だと思っているのかもしれない。

「自分は、施設でも構わないけれど、
お母さんが一緒にいたがっているんだ。
お母さんが施設に入ることを許してくれないだろう。
それが問題だ」
と繰り返し言うのだそう。

父は普段は穏やかでも、ひとたび
言い出したら、岩をも通すほどの頑固者です。

思えば父は、家に帰るために手術を受けたわけで、
もとの生活ができるようにリハビリを続けているわけで、
その気もちは、痛いほど理解できます。

「母の帰っておいでね」の一言にしがみつく父が可哀想です。
が、「私には無理です」と言った
昨夜の母の悲痛な声が、私の中で響いています。

およそ70年間を共にしてきた父を、
母は自分を守るために結果的に
見捨てることになってしまうという
罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、
父の現状を受け入れる自信もなく、
苦しんでいるに違いありません。

母の生きる道と、父の生きる道、
重なっていた道が、少しずつその先を開きはじめて
いくのかもしれないと思いました。

Hさんは父の様子を見て、介護の認定が決まったら相談しよう。
と言ってくれたそうです。
Hさんも忙しいので、そろそろ帰ろうとしていたとき、
談話室に、母が来たそうです。

母は、夕べ相棒が私の作った夕食と一緒に宅配ボックスに入れた、
プレゼントのブラウスを着て、今日デイサービスへ行ったそうです。
その帰りに寄ったということでした。

母の後ろめたさが病院へ足を向けさせたのでしょうか。

ところが、Hさんが引き上げ、
相棒が帰ろうとした際に、
父は、お前も一緒に帰れ! と母に言ったそうです。

母は来たばかりなのに、そうね。帰ってもいいの?と。

母を理由に自宅へ帰ることを主張した
父の後ろめたさなのでしょうか。
それとも、相棒の前で、父と暮らすのは無理ですと
言われてしまう恐怖からなのでしょうか。

相棒と母は父の病院を出て、
勢力つけようね、ってフンパツして
ふたりで鰻を食べたそうです。

p2.jpg
相棒がメールで送ってくれた、鰻屋さんでの母。

母は美味しいといって結構たくさん食べたそうです。
それだけでも良かった。



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