私のエゴと、余計なお世話。

父の見舞いに行きました。
施設に入ってもらうかもしれないことを
父を説得してくれる筈の妹は、
娘の出産で動けません。

なので、私が父の説得をしなくてはなりません。

父は、
「お前には分からないと思うが、
この年齢まで来ると、<なるようになるさ>
と思うようになるものなんだ。」

「だから特に希望はない。
道に放り出してくれても構わない。」
と言うのです。

判断停止状態です。
父は頑固者で、自尊心が強く、
暴君のように人を従わせてきたところがあるので、
「お願い。帰ってきて」と母に言わせて
それを理由に帰るつもりのようです。

ずるいな〜。

「お母さんは帰ってきてほしいらしいよ。
でも、お母さんは病気なので、
お父さんの世話はできないと思う。
もうお父さんは、お母さんのために
何もしてあげられないのだから、
自分のことはできるだけ
自分でできるようにしなくっちゃね」

父はびっくりした顔をして、

「あそこのあれを取ってくれ、
と頼むこともできないのか?」

「そうだよ。お母さんは耳が遠くなってしまったから
呼んでも聞こえないし。
自分のことだけでいっぱいいっぱいなんだよ。
だったら、私と暮らす? 
お母さんより乱暴に扱うかもしれないけどね。笑」

「嫌だよ。俺は明治生まれの親に
育てられた人間だから、
母さんにあれこれ手伝ってと
言うくらいは言う。
今は母さんのために何もできなくなってしまったとしても
今まで母さんのためにやってきたことはたくさんある。
母さんを怒鳴って怒ることもあるかもしれない。
…そうやって70年も一緒に暮らしてきたんだ。」

今度は居直りです
可愛くないです。

母が長年、父の世話をかいがいしく
してきたことを私は見てきています。
父は結局、その暮らしが続くことを願い、
それが叶わぬなら、
施設に入れてくれと言っているようです。

それが今の父の精一杯の突っ張りなのでしょうか。
なんて可愛くないのでしょう。

母が可哀想です。
動けない身体で父が威厳を訴えたって、
母も病気と闘っている最中。
裸の王様の侍女にならせるわけにはいきません。

でも、父は気づいていないかもしれませんが、
父が母にしてあげられることがひとつだけあるのです。
それは、母の心を支え、前を向いて生きることです。
母を慰め、励まし、感謝して生きる。
そして、何よりも小さな幸せをみつけ
喜び合える日々を作り出すこと。

人の幸せは
当然のことながら身体的な快、不快ばかりではありません。
心が動いてこそ幸せを感じることができる。
お父さんが幸せそうにしていることが、
お母さんを幸せにできるのだ。そう思います。

お父さん、
本当はまだ、
お母さんに
やってあげられること、
いっぱいあるよ。





妹からメールがありました。
お父さんを施設に入れた方がいい。

私たちにはできないって。
みんなが犠牲になってしまう。
お母さんは特に。

ふたりは共依存の関係だから、
面倒くさかったけど、もういいよ。
お父さんのわがままに
これ以上付き合うのは嫌だ。

その通りだと思いました。

でも、正直なところ私には負い目があったのです。

もしかしたら、あのまま転院をしないでいたら、
父は辛い手術を受けずに病院で寝たきりのままではあっても、
静かに短い余生を過ごしていられたかもしれない。

96歳になってまで、頑張れ、頑張れと
言われてリハビリを続けることは
必ずしも幸せではないかもしれないとも思うのです。

「大丈夫だよ。もう頑張らなくていいよ。」
と言ってあげる優しさが
あの時の私にはなかったのです。

それは、私のわがままなのかもしれません。
父はきっと回復してくれると
無謀な夢を見たかったのかもしれないのです。

現実を直視する妹と、
夢を諦められなかった姉。

どちらのエゴも父や母に
重くのしかかっているに違いありません。

私がしていることは、
余計なお世話なのかもしれないと思う私もいます。



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