寝正月でも私のゴールなの?

明けましておめでとうございます。

昨年、父が近くの書店へ
買い物に行った際に路上で転倒し、
救急車で運ばれてから今日まで、
無我夢中で過ごしてきました。

最初に運ばれたD病院からの翌々日の転院。
M病院での人工骨を入れる手術。
全身麻酔の後遺症。
その後のリハビリ。
そして、M老健への引っ越し。
一時帰宅。
96歳の父の晩年を飾る(?)一大事が続いています。

それとほほ同時に発覚した
母の肺非結核性抗酸菌症という原因不明の病。
西洋医学の薬があわずにいた母に
漢方薬での治療を開始。
そして、煎じ薬と食事の個人的宅配の開始。

私の日々も一転してしまいました。

なんとか冷静でいるためと、
後悔しないための記録として始めた
このブログでしたが、
私にとってとても大きな力になってくれました。

つたないブログですが、どなたかが
読んでいてくださると思うだけで、
心が折れそうになる時も
踏ん張る事が出来たのだと思います。

ありがとうございました。


このブログを書きながら、
当初はどんな形になるにせよ、
ゴールまでの道のりを綴って行こうと思っていましたが、
ゴールなんてそもそも無いのだと思うようになりました。

死さえゴールではなく、単なる次世代への
バトンタッチに過ぎないのだと考えるようになりました。

だとしたら、一日が終わり、
また次の日が疑いようなくおとずれたなら、
それこそが、ゴールなのだと思います。

私たちは、毎日ゴールテープを切っているんですね。

もっと言ってしまえば、
父が夜中に4〜5回トイレに行くたびに
ゴールテープを切っていて、
食欲のの無かった母が、
一日3回の食事をとることができる
そのたびにゴールテープを切っている。

私たち一人一人の日々のささやかなあれこれは
常に何かのゴールなのだと思えるようになりました。


昨日、母に近くの和食屋さんに頼んでおいた
おせち料理を届け、
私は今日、なにもせぬままぼーっと寝正月を
過ごしています。
こんな時間が与えられていること自体も、
私のゴールのひとつに思えてくるから不思議です。

ゴールは日々の中にいくつも存在していて、
そのテープを切るチャンスも同じくらいたくさんある。
そう思うと、毎日が努力のしがいに満ちていて、
晴れやかな気もちで過ごせる気がします。



今年も引き続き、私の日々を綴らせていただきますので、
時折のぞいていただけると嬉しいです。

皆さまにとっても、
今年がひとつでも多くのゴールを切ることができる、
晴れやかな一年になりますように。





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2 Comments

真砂  

親身なコメントありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。

2018/01/02 (Tue) 19:55 | REPLY |   

遠音  

ゴールとは?

ご両親様が無事おうちでお正月を迎えられて
ほんとうに良かったデスネ
死さへもゴールでは無い。
まさにそうですね。  良い一年になりますように。

2018/01/02 (Tue) 19:14 | EDIT | REPLY |   

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