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急ぐ必要なんて何も無いのです。

久しぶりに気晴らしに街にでました。

新しい年を迎えて、
街は華やぎ、たくさんの人でにぎわっていました。

東京はお正月休みは一日だけで、
繁華街の店はデパートを含めてほとんどが
いつもと変わりなく開いています。

自分のための買い物をと思っていたのですが、
やはり、見るもの見るもの
父と母のことを考えてしまいます。

いよいよ父が本格的に帰宅するまで、
あと3週間ほどになりました。

その事が気になり、
インテリアを見ると、
父の自宅での机はこんな感じならいいのかな? とか、
椅子はつかまれるように
肘がついている安定感があるものがいいな、とか。

レストランで食事をすると、
あっ、今度母のために
このメニューを作ってみようとか。

ふたり用の小振りの鍋があれば、
これからの季節
暖かい鍋料理を届けてあげたいなとか。

こう書いてみると、まるで親思いの
いい娘であるかのように思われそうですが、
そうではありません。

正直、私は、本当に父が帰宅してから、
以前のように暮らせるものなのか
半信半疑でいます。

その事が気になって
頭がいっぱいになっているに
過ぎないのです。

出来る事は早くやっておきたい…と
焦っているのかもしれません。

ひょっとしたら、
父と母のふたり暮らしは
無理だという結果になり、
今度は同居を考えなくてはならいとか、
介護つき老人ホームを探さなければならないとか、
心に不安がつきまといます。

父も母も気もちはあっても
出来ない事は出来ません。

互いに意欲はあっても
いまだに車椅子と歩行器で過ごす父と、
病気に加え、突発性難聴にまで
なってしまった母が
果たしてふたりっきりで
生活して行けるものでしょうか。

きちんとコミュニケーションをとって
支え合って行けるでしょうか。

96歳と89歳という年齢を考えると
どうしても私の不安は拭えません。


とはいえ、先走ってあれこれ考えても
仕方が無い事も分かっています。

かえって父や母に
プレッシャーを感じさせてしまうかも
しれないと思うようになりました。

ふたりには長年の自分たちのペースがあって、
時折私のペースについて行けないと
感じている気がします。

私はずっと仕事をしてきたので、
ついつい、仕事ペースで
先回りしてしまう傾向があるのだと思います。

父と母のペースを見ていると、
頼りたい時にだけ頼れる存在でいてあげることも
大事なことだと感じるようになりました。



とにかく、嬉しいことに父も母も
まだ、生活を人任せにはしない
気概を持っています。
心が健康である証拠です。

父が垣間見せた病院での無関心は
すっかり無くなり、
老健に移ってからは、
もはや転倒前の父に戻ったかのように
自分であれこれ考えはじめているようです。

私に任せてくれたらもっと上手く行くのにな、
と思うことも多いですが、それはそれ。

遠回りして行くことで、風景を楽しんだり、
寄り道したからこその驚きや発見もあるはずです。

スピード重視の世の中ですが、
ショートカットして進むばかりでは、
効率は良くても、
偶然の出会いや味わいを
失ってしまうことだってあるのです。


人生の喜びとは与えられた時間の中で、
どれほど豊かな時を過ごせるかに
かかっているのかもしれません。

だから、父も母も急ぐ必要なんてないのです。

できれば、本格的な父の帰宅後には、
特別なことが何も無い、
けれど穏やかな普通の暮らしが
父と母を幸せな気もちにさせてくれますように。



夕刻空を見上げると、
大きな満月がぽっかりと空に浮かんでいました。
月を見てうっとりするなんて、
久しぶりです。




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