それぞれの思い

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今日は妹と、姪とそのご主人が見舞ってくれたことを
父が話してくれました。
姪は3人いますが、名前が混同していて、
誰がきてくれたのかその時は分かりませんでしたが、
後から来た母によると、さっきまで実家に
妹と一番下の姪夫妻が来ていたという事でした。

彼女ももうすぐ双子の赤ちゃんを出産予定で、
大きなおなかをしているのに、
父の見舞いの帰りに母のところにも寄ってくれたとのことでした。
真ん中の姪が手術の翌日に見舞ってくれたときは、
うっすらと分かったそうです。


あんなにかわいがっていた父にとっての孫の名前が
出てこない事が少し悲しく思いましたが、
それでもこれは一過性の事だと自分に言い聞かせました。

三人の姪たちは、父が特別にかわいがってきた存在です。
それぞれが、顔をみせてくれることは、
きっと父のハッピーに繋がっていることと思います。
たとえ名前が分からなくてもです。
きっと、心のどこかでは分かっているに違いない。
姪の存在はありがたいです。

母の疲労はまさに頂点に達し、可哀想でなりませんが、
もう少し、もう少し頑張ってくれる事を祈ります。
母は何もできないとは知りつつ、
それでも父を放っておく事もできず、
苦しんでいます。
妹は退院後の事を考えて、
施設を探しはじめているようです。
それぞれに意見が異なり、
解決策を見いだすまで大変そうだと思いました。

父の心臓を見てくださっている循環器の先生が、
顔を出してくださいました。
「とにかく立てるところを目指したいですね。
心臓はいまのところ問題ない」と言ってくださいました。
ありがたく、心強かったです。

母が談話室で私と共に休んでいる間、
相棒が食事に付き添ってくれました。ありがたいです。

昨日と同じ様に、父は夢うつつになり、車椅子のまま眠りはじめたので、
今日のところは引き上げることにしました。
母を送り届けました。

f.jpg
病室は6人部屋ですが、幸い窓際でした。
ベッド上のリュックのような物を足で挟み、縛って寝るのを父は嫌がります。我慢!我慢!




もし、父が帰れなかったらどうする?と聞くと。
母は後2年ぐらい今の家で、
ひとりで暮らしてみたいと言いました。
そのくらいはひとりでも頑張れると。

でも、父が生きている間は、
放っておくことはできないと言います。
それでも、自分ひとりでは
看病は無理だと思っている事は伝わってきました。
当然です。
母も病気を抱えて苦しんでいるのですから。

母は、もし一人になったら、書道をやりたいのだそうです。
その道具一式は既にあるのだとも言っています。
私はそんな母の願いを知らなかったので、
驚き、嬉しく思いました。

母は父のためにだけに、さながら家政婦の様に、
生きてきたような人です。
だから、父から開放してあげたいとも思うのです。
が、父の事を一番に考える事が習慣になっている母にとって、
それもまた難しい事なのかもしれません。

母の優しさが、父を迎え入れられない
自分に罪悪感すら感じはじめさせているようです。
お互いに助け合って、この年まで誰にも頼らずに
生きてきた二人の誇りも傷つきはじめています。

父のリハビリが明日から始まるそうです。
父の生命力にかけるしかありません。
日に日に弱気になって、もはや諦めかけている父に、
もう一度立てる日が来ることを祈るばかりです。

だって、父はせっかくあの辛い手術に絶え、
今、ここにいるのだから。


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